映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観た。
まず、大前提として。『ちいかわ』が何かは知ってる。どういうキャラクターがいるぐらいも理解している。ただし、X上で流れてくるポストの流し読み程度で頻度はほぼない、マンガも読んだことなければ、アニメーションも観たことはない。そのレベル。そして、映画が話題になっていて、ある程度考察その他はnoteなどで目を通したのでどういうストーリーでたぶんこんなオチも想像がついたし、それはもう書いちゃうと当たってた。
なんでみたかというと、履修。一応、コンテンツ作りの末席にいる身でもあり、メディアコンサルタント、コミュニケーションプランナーとしては抑えておかないとね、そんな感じ。『ちいかわ』そのものには特段の興味は、ない。
で、とはいえ、観てきました、と。
そうだなー、この作品は、親切ではないんですよ。キャラクターたちが何者なのか、その世界がどういう仕組みで動いているのかを、ほとんど説明してくれない。
にもかかわらず、いや、説明しないからこそ、物語は強く届くような仕組みにはなってる。そこには理不尽なルールがあり、怖さがあり、ささやかな報酬があり、友だちを置いていけないという感情がある。民話や昔話のように、世界の前提を説明されないまま、こちらはその掟のなかに放り込まれる次第で。
こうした読み方は、まあ、ありだだと思うんだ。かわいいから、と消費してしまわないためには。何が描かれているのかを見落とさないために。でも全員が全員その見方をする必然もないけどね。
そして、ただ構造が見えたところで、それだけでは映画を観たことにならないとも思った次第。
スクリーンの前で受け取るのは、解説より先に、感情の動き。怖いものを前にして足がすくむこと。理屈ではなく、友だちを守るために手を伸ばすこと。うまくいかない日にも、どうにか食べて、眠って、次の日に向かうこと。
それを「寓話」と名づけることはできる。でも、名づけた瞬間に終わらせてはいけない。説明できたことと、引き受けられたことは別だしね。
批評のための頭は持っていたい。でも、それだけで腕組みをしていたくはない。理不尽さを理不尽さとして知りながら、それでも誰かと笑い、ごはんを食べ、目の前のことを雑にしない。
そのじたばたを説明するのもまた野暮なのだろうと思った。
。。。
あーーーー、まあ、さ、なんていうかなあ、批評もわかるが、現実そうだしなという狭間を、ああいう表現でデコレーションするのだから、100億いくんじゃないのという雑な感想なのよ。 極個人としては「だからなんだ」という感想でもあるんですけどね。。。



